「電禁本」。
それは、電車の中で読んでいるときに、読者を笑わせたり、泣かせたりする本のことである。
私は、かなりもう長いこと、雑誌『レタスクラブ』のブックレビューの原稿を書かせていただいてるのですが、このコーナーは編集担当の方から、課題図書を送っていただき、それを読んで原稿を書く、というシステムで続けて参りました。
できるだけ先入観を持たずに読みたいので、ブラインド・デートならぬ、ブラインド・リーディングを心がけているのですが……。
本日、外出時に無作為に選んでバッグに入れた本が、まさかの「電禁本」だったのです。
これから原稿を書き、雑誌に掲載する都合上、書名等は伏せさせていただきますが、冒頭から行を追うごとにジーンとこみあげてきちゃう内容。ずるいよっ、ってぐらい読者のハートをぐっとつかむ。
こういうときは、速やかに読書を中断し、できるだけ俗世にまみれたフレーズが満載の中づり広告などを眺めるのがよいのですが、今日は心を本からひきはがすことができなかった。ゆえに、ジーン、ジーン、ジーンと3回くらいきたら、もう、瞳はうるうる。たちまち、連携している鼻にもジーンが伝わり、ズルっズルっとなってしまったのです。
わたくしが、ひとたびズルっという音を立てた途端……。
車内の人たちの視線が集まる。
そりゃ、そうだ。みなさん、風邪やインフルエンザにナーバスになっている季節ですもの。車内に風邪による鼻水を垂らしている人物がいるのならば、直ちに警戒したい。忙しそうなビジネス・パーソンたちの視線が、ズルズル女に集まります。
視線を感じながらも、わたくしの瞳のうるうるは堤防決壊寸前。もう、ハンカチーフの出番です。
バッグをごそごそと探り、取り出したハンカチーフを目がしらに当てた瞬間、ビジネス・パーソンたちは悟ってくれたのでしょう。
『なんだ、泣いてるのか。ならば無害だ。そっとしておこう』
そんな皆様の心の声が聞こえてきそうなくらいに、明らかに安堵した表情でわたくしを凝視していたビジネス・パーソンの皆様の視線が外れていきます。
昼日中に電車の中で泣いている女の存在も、それなりに異様ですが、師走の都会では『風邪じゃないなら、別にかまわない』という価値観なのだな、と思い知った次第なのでした。ま、手に本を持っているわけですから、読書して思わず感涙したんだろうな、という推理を働かせてくれたのでしょう。
車中の皆様のお心遣いに感謝いたします。
それにしても、今年は下半期から別人のように生活が一変いたしました。
フリーランスになって、いわゆるSOHO生活に入ってから早14年。そのこと自体には変わりはないけれど、仕事内容が微妙に変化してきたため、「自宅で原稿をひたすら書く」という作業が減り、その分、打合せに出かけることが増えたのです。
で、今も23区内に住んでおりますけれど、「次の打合せまで、空き時間3時間」みたいなスケジュールになっちゃった場合、一度、帰宅して出直すには、今の住まいはちと、遠くて。結局、喫茶店などで時間調整をするわけですが、そういうことをしていると、うっかりショッピングとかしちゃうし、デスクワークが滞る。だから出先で読書をして、「上手に時間をやりくりしているあたし」と調子に乗っていたら、電車の中で泣く羽目になるわけで。
引っ越した方がいいんだろうな。
と、ぼんやりと考えることが増えてきた今日この頃、だったりもするのでした。
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