昨年の、もう師走になろうかというタイミングで発覚した実家の問題やその他いろいろで、心の余裕をすっかり失って「年賀状の準備」をすっかり失念。その結果、パソコンで自作するスキルを持たないワタクシは、「無地の年賀はがきに手書きで絵を書く」という事態に陥りました。
そのため新年になって1週間が経ちますが、まだ、年賀状をちゃんと送り終えていません。
いただきっぱなしになっている方も多数という有様です。申し訳なく思いつつも、お待ちいただけますと嬉しく思います。
ワタクシ、これまでこういうことはしっかりやっていたのですが、無理が利かないお年頃に突入したようです。
そういえば、今年、生まれて初めてお寺で鐘をつきました。
大みそかの夜、妹と風太と一緒に実家近くの総持寺に行こう、と家を出たところ、「寒いからオレ、行かない」と石のように動かぬ風太。「じゃあ、お留守番してなよ」と玄関を開けたらスッと部屋に入って行ったので、妹と二人で出かけました。
鐘の前で、「鐘をついてみようか」ということになったものの、お互い1000円ずつ、ふたりで2000円しか持っていないことが発覚。鐘つきは1回1000円。
私「夜店でたこ焼を買って、お参りしようと思ってたから」
妹「夜店で焼鳥買おうと思ってたから」
夜店のことで頭がいっぱいで、鐘をつくことなど考えてもいなかったのです。
「でも、ふたりで2000円あるから、ふたりで一緒につくことにすれば1000円夜店で使えるよ」
ということで、鐘つきにエントリー。待ち時間の間、夜店に行くものの、所持金が1000円しかないので、「何を買うか」にものすごく迷います。小学生レベルの懐事情になると、1パック500円のたこ焼きが、とても高く感じるものです。妹とふたりで1000円をどのように使うか? というテーマで真剣に議論するなんて、小学生の時以来です。
鐘つきの番が回ってくるまで、待つことしばし。順番が近くなってきたところで、
「本番でしくじらないために、イメトレしておこう」
と、鐘をつくタイミングをジェスチャー付きで打ち合わせ。
イメトレの甲斐あってタイミングをミスることなく、ご―ん、といい音を出すことができました。
思いのほかいい音が出せたことに気分がよくなり、打楽器好きな私的には『もう一回、やりたい』気分でしたが、所持金が足りないので断念しました。お寺には、木魚とか太鼓とか「打って鳴らす」系のものがたくさんあって魅力的です。
この鐘つき体験300回という定員だったことが気になりました。
煩悩の数が増えているのでしょうか。
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